恋愛ゲーム『白衣のオレ様っ?!』プロローグシナリオ完全版 その4・龍之介


その後、院長室を出たわたしは研修の準備をすることにした。

研修初日、まだ勤務時間が始まってすらいないのに……。

なんだか色々なことがありすぎて目が回っちゃいそう。

そう考えながら、更衣室に戻ろうと廊下の角を曲がったとき。

(ドンッ!!)

いきなり目の前が真っ暗になったかと思うと同時に、誰かにぶつかった。

凛「きゃっ! ……す、すいません」

見上げると、白衣の男性が目の前に立っていた。

???「…………」

柔らかい表情を浮かべた、細見で色白な風貌が印象的だ。

ただ、どことなく掴みどころのない雰囲気がある。

不思議な空気をまとっている人だった。

すこし乱れたその呼吸のせいで、なんだか急いでいるようにも見える。

白衣を着ているということは、お医者さんなのかな?

でも、鼻頭をこの人の胸元にぶつけたときに感じた匂いは、今の自分にはとても身近なものだった。

その香りは、今まさに自分自身からも漂っているもの。

それは、新品の衣服の香りだった。

真新しい白衣のその人は、ひょうひょうとした表情を浮かべながらわたしを見つめていた。

???「……ナイスタイミング!」

その人は、指をはじきながら呟いた。

凛「え?」

そのとき、廊下の先から聞き覚えのある声がした。

ナカムラ「龍之介くん! どこザマスか~! はやく出てくるザマス~!」

凛「この声は……ナカムラ婦長?」

???「やべっ!」

ナカムラ婦長の声を聞いた途端、突然焦りだす男の人。

見通しの良い廊下から身を隠すように、近くの部屋に入ろうとする。

ナカムラ「龍之介く~ん! 龍之介く~ん!!」

わたしがその様子を眺めていると、男の人は立ち止まって、腕を掴んできた。

凛「ふぇっ!?」

急の出来事に驚いて声をあげると、男の人は

???「シーッ!」

イタズラっぽくウィンクしながら、口に人差し指をあてた。

そして、ぐっと腕を引っ張り、わたしの身体ごと部屋の中に入った。

抵抗するスキすら与えない、一瞬の出来事だった。

(ブラックアウト)

薄暗い室内。扉一枚隔てた廊下からは、ナカムラ婦長の声が小さく響いてくる。

凛「ちょ、ちょっと! いきなりなんですか!」

???「シーィってば! ちょっと声出さないでくれよ!」

慌ててわたしの口をおさえてくる。

凛「ングッ!?」

???「すこしだけ! すこしだけボクに協力して!」

凛「…………」

いくら白衣を着ているからって、見ず知らずの男の人に暗がりに連れ込まれている状況だ。

しかも、声を出そうにも、口をしっかりと押さえられている体勢。

自分でも、もうすこし危機感を持つべきなんじゃないかと思ったけど……。

???「バレませんよーに……」

男の人は祈るように扉の方を向いて、小声でつぶやいた。

根拠はないけれど、その表情からは危険な意思を感じなかった。

どこか天真爛漫というか、無邪気な笑顔をしているんだ。

わたしが声を上げないことに気付いたのか、男の人はそっと口から手を離した。

ナカムラ「この辺りに来たはずザマス……。龍之介く~ん、どこにいるザマスか~!?」

???「やべっ……! すぐそこまで来てるよ……」

ナカムラ婦長の声が扉のすぐ向こうから聞こえてきた。男の人も、より一層緊迫した表情を見せる。

凛「……ナカムラ婦長から逃げているんですか?」

我慢できなくなって思わず聞いてみた。

???「わっ、バ、バカっ……! 声を出すなよ……!」

ナカムラ「ンンン~~~!?!? この部屋から物音が聞こえたザマス!!」

(ガラガラッ!!)

???「うわ~~~~っ……!!」

わたしの声を聞いたナカムラ婦長が、隠れている部屋の扉を勢いよく開けて入ってきた。

男の人はわたしを引っ張りながら、部屋の隅、入り口から死角になるスペースに飛び込んだ。

2人がギリギリ収まるくらいの、壁と機材のスペース。抱き着いているのと変わらないくらい密着する。

凛「!?!?!?!」

???「(頼む……! すこしだけガマンしてくれ……!)」

男の人は、本当に小さな声で言うが、当のわたしは完全にパニック状態。

凛「~~ッッッ!?!」

???「(……ええい、仕方ない!)」

そして、目の前が真っ暗になる。

同時に、口が何かにふさがれて息を吐き出すことができなくなった。

あれ、これって……さっき手で口をふさがれたときと感触が違う……。

さっきより、もっと暖かくて柔らかい……優しい感触……。

無意識のうちに閉じていた目を、ゆっくりと開いてみた。

……って、これ。

なんでわたし、キスしてんの。

あまりにも不可解なこの状況に、一周まわって逆に冷静になる。

ナカムラ「……ふむ、誰もいないザンスね。気のせいだったザマスか」

ナカムラ「他の場所を探すザンス!」

(ガラガラッ)

わたしたちを発見できなかったナカムラ婦長が、勢いよく部屋から出ていった。

男の人がゆっくりと唇を離した。

???「……ふぅ、なんとかしのい――」

凛「なんてことしてくれてんですかッッッ!!!」

???「ぎゃあ、まだ騒ぐなっ!」

(ぶちゅううう!!)

即座にまた唇を唇でふさがれる。

またキス! キスされた!! 2回もされた!!

口づけしたまま、男の人はドアの外の様子をうかがっている。

ナカムラ婦長が戻ってくる様子は……ない。

男の人は今度こそ唇を離し、すぐにパッと手でわたしの口をおさえた。

???「いいか、手を離すけど騒がないでくれよ。頼むから」

凛「…………」

騒ぐたびにキスされたら、それこそたまったもんじゃない。承諾するしかないようだ。

わたしはコクリ、とうなずいた。

???「…………」

半信半疑なのか、恐る恐るわたしの口をおさえていた手を離していく。

男の人が完全に手を下ろすのを待って、切り出した。

凛「……ひどいことするのね」

???「う……。す、すまないことをしたっていうのは、ボクも思っているよ」

凛「見ず知らずの女を突然暗がりに連れ込んで、無理やりキスするなんて……」

???「い、いや、そんな風に言われるとなんだか鬼畜な男みたいじゃないか」

凛「事実をそのまま言っているだけだけど」

???「は、はい、スイマセン」

さっきまでのひょうひょうとした態度とは裏腹に、一気にしゅんとする。

思っていたより素直な人なのかもしれない。

少なくとも本気で悪いと思っているのは確かなようだ。

凛「……とにかく、あなたの名前を教えて」

???「え、このタイミングで自己紹介?」

凛「だって……」

いくらなりゆきとはいえ、キスをしてしまった相手なんだ。

見ず知らずの人にキスされたとあっては、なんだか貞操を汚された感じがしてイヤだ。

ただの後付けのつじつま合わせだけど、自己紹介をして知り合いになっておかないと、乙女のプライドが許さない。

と、言おうと思ったけど、気恥ずかしくなったので言うのをやめた。

???「いま自己紹介しなくても大丈夫だよ」

凛「どういうこと?」

???「だって、ほら、見てよ。ボクたちの格好をさ」

そう言って、互いの服装を順番に指さす。

???「キミは、ナースさん。そして、ボクは医者」

???「またすぐに巡り会えるよ。自己紹介は、そのときにしよう」

???「こんな、なし崩し的な出会い方じゃなくて、ちゃんとした出会いを、やり直そう」

凛「え……」

???「それに、ほら、もうすぐ9時だ」

壁にかかっていた時計に目をやると、まさしくあと数分で9時になろうかというところだった。

???「9時から業務開始。ボクらはそろそろ戻らないといけない」

???「ボクが恵さんから逃げていたのも、9時までの間だけさ」

恵さん……たしか、ナカムラ婦長の下の名前がそんな感じだった。

???「恵さんが、9時の始業開始までの間、院内を案内してくれるって言って聞かなかったんだよ」

???「始業までの貴重な時間を、あんな人に奪われなくないよね」

そうか、だからこの人、あんなに必死にナカムラ婦長から逃げていたのか。

???「まあでも、恵さんから逃げてたおかげで、良い体験ができた」

???「……キミとも出会えたしね」

凛「……こっちは散々だけど」

???「キスのこと? もちろん、それもボクにとっては最高の体験さ」

はにかみながら、言い放つ男の人。

そんな良い笑顔をされたら、こっちは怒るに怒れなくなっちゃうよ。

???「じゃ、またね」

凛「あ、う、うん」

わたしの返事を聞いていたのかそうでないのか、その人はそう言って部屋から出ていった。

あっという間に辺りは静寂に包まれる。

……風のように、つかみどころのない人だった。

凛「……わたしも行かなくちゃ」

部屋の出入り口に向かって歩く。

うーん……。

たしかに……たしかにキスをされたのはビックリしたけど。

キスをされたということ自体には、そこまで怒りはないかも。

見た目と性格は……そこまで嫌いなタイプじゃないし。

いや、正直に言おう。見た目と性格はわりと好みのタイプだ。だから、キスされたのもそんなにイヤじゃなかった、うん。

だけど、わたしが怒ったのは……。

キスの最中、あの人がナカムラ婦長のことばかり気にして、ぜんぜん集中していなかったからだ。

こういうシチュエーションって珍しいから、強引に唇を奪われるという状況に、不覚にもときめいてしまったんだ。

……なんだか悔しい。

凛「はっ、いけない」

こんなことを考えているヒマなんてなかったんだ。

もう9時。すぐにナースステーションに向かわなきゃ。

ナカムラ「戻ってきたザンスね」

直前に佐奈と合流して、2人でナースステーションに入る。

そこではナカムラ婦長が待ち構えていた。

ナカムラ「業務開始前に、2人に紹介したい人がいるザンス」

佐奈「紹介したい人?」

ナカムラ「そうザンス」

そう言ってナカムラ婦長は隣に立っていた男性を前に進ませた。

凛「……あ」

ナカムラ「龍之介くんザマス」

???「どうも、『初めまして』」

吉良「吉良龍之介です、よろしくな!」

その人は、ひょうひょうとした笑顔を浮かべながら……。

わたしの腕を強引にとって、握手をしてきた。

それが、わたしと吉良くんの出会いだった。

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