恋愛ゲーム『白衣のオレ様っ?!』プロローグシナリオ完全版 その2・ハルト


入り口には、自動ドアが見えなくなるほどの人、人、人。

みんなカメラやマイクを構えている。テレビ局の人たちかな?

佐奈「うっわ、すっごー。これ全員マスコミ? 何の騒ぎなの?」

何はともあれ、病院内に入らなきゃ出勤できない。

わたし達はマスコミの人たちを押しのけて院内に入っていくことにした。

凛「すいません、通りますー」

マスコミA「おい、カメラを動かすなよ! あっち行ってろ!」

マスコミB「取材のジャマをするな! 俺たちは仕事中なんだよ!!」

わたし達を通してくれないマスコミの人たち。それどころか押し戻される。

佐奈「ちょっと! アタシ達は院内に入りたいだけだってば! ジャマしないから通してよ!」

佐奈が抗議の声を上げる。こういうときに頼りになる親友だ。

マスコミA「うるせえ!女はすっこんでろ!!」

佐奈「なんですってえ!」

佐奈とマスコミの1人の口論が始まりそうになる。

場の空気が緊張しはじめたときだった。

マスコミC「来たぞ!」

誰かが叫ぶと同時に瞬くカメラフラッシュの光。

それをきっかけに、雪崩のように数多のフラッシュが焚かれた。

病院の門に顔を向けると、1台の車がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

マスコミD「録画はじめろ! シャッター切りまくれ!」

マスコミD「『ハルト』の表情を狙え!」

――『ハルト』?

マスコミの人たちが一気に動き出す。

皆が車を撮影しようと場所取りに必死だ。

ただでさえ人が多かったから、スペース争いで一瞬でおしくらまんじゅう状態になる。

佐奈「ぉ゛ぐえ!」

凛「佐奈!」

佐奈が、餓死寸前のカエルが酒ヤケしたような壮絶なダミ声を出しながら人波に飲み込まれた。

わたし自身もマスコミの人たちにグイグイ押される。

『キキーッ!!』

黒光りする高級外車のブレーキ音がすぐそばで聞こえた。       いつの間にか車はわたし達のすぐそばまで来ていたようだ。

凛「ちょ、ちょっと……! 押さないでくださいっ」

マスコミA「ジャマだ! どけっ!!」

ドカッ!

ものすごい力で突き飛ばされ、バランスを崩す。

わたしは思わず目をつぶった。

長いような、短いような、刹那の沈黙の後。

ゴンッッ!!

後頭部に鈍痛が走ると同時に、目の前で火花がはじけた。

凛「いたたた……」

ぶつけた辺りをさすりながら目を開ける。

痛みはすぐにおさまった。幸い、タンコブ程度ですみそうだ。

ガチャリ――

真後ろから車のドアの音が聞こえた。

そして……。

???「あーあー、車にキズつけちゃって。どうしてくれんだよ」

振り返ると、長身の男の人が立っていた。

???「ははっ、車に頭の跡がくっきり残ってるぜ。どーすんだよコレ」

わたしが頭をぶつけた辺りを見て微笑む。

???「おい、立てるか?」

男の人が右手を差し出してきた。

???    「痛ってて! ……そうだった、 右手はダメだったな」

恨めしそうに自分の右腕を見ながら、ゆっくりと下げた。ケガでもしているのかな。

???「おい、手を貸してやるからさっさと立てよ」

今度は左手をさしだす。

凛「あ……。 ありがとうございます」

わたしはその人の手をとって握った。

すると、男の人はたくましい腕でわたしを立ち上がらせてくれた。

図らずとも、その人と間近に対面する状態になる。

……この人、どこかで見たような気が。

失礼だとは思いながらも、まじまじとその人の顔を見てしまう。

???「おい、どうした。意識はハッキリしてるか?」

わたしたちのやり取りを遮ってカメラのフラッシュが走った。

それを合図に、あっけにとられていたマスコミの人たちが、我に返ったかのように突然騒ぎ出す。

マスコミC「ハルトさん! 右腕を傷めたというのは本当ですか!?」

マスコミD「ギターが弾けなくなったという話もありますが!」

ハルト「……ったく、相変わらずマスコミ連中は耳が早えな」

目の前の、『ハルト』と呼ばれる男性がつぶやく。

――『ハルト』ってまさか……。

瞬時に頭が冴えていく。この容姿とこの名前、思考の回路が連鎖的に次々と組みあがった。

凛「ハルト……? あの、アーティストのハルト?」

ハルトがわたしに顔を向ける。

やっぱりそうだ! この人、あの『ハルト』なんだ!

今をときめく超有名アーティストとの思わぬ出会いに、テンションが上がってしまう。

ハルト「フッ……」

ハルトは流し目で前を見据えた。

強引にマスコミの人たちの波の中へ入っていく。この人波を突破する気だ。

いっせいにカメラに取り囲まれるハルト。右腕をかばうような姿勢を取りながら歩みを進める。

マスコミD「例のグラビアアイドルとの仲はどうなったんですか!?」

ハルト「あれはお前らが勝手に書いたんじゃねーか。通してくれよ」

マスコミA「ハルトさ~ん! 逃げないでちゃんと答えてくださいよぉ~!」

ハルト「逃げてねーよ。いいからここを通せって」

ハルトが語気を強めながらマスコミの輪に割り込んでいく。

しかし、マスコミの人たちも必死だ。

なんとかインタビューしようとさらに詰め寄る。

マスコミA「ハルトさ~ん! ハルトさ~ん! 売れてきたから調子に乗ってるんですかぁ~!?」

ハルト「しつこい奴らだな。さっさと――」

ハルトが鬱陶しそうに応えた瞬間だった。

ハルト「くっ……!?」

押し寄せるマスコミの圧力と、カメラのフラッシュによる視界の悪さからか……。

さっきわたしが倒れたときと同じように、ハルトがバランスを崩す。

わっ、という喧騒が一瞬沸き、続けて人の輪の一部が弾けて形を崩した。

長身のハルトがマスコミの人たちを押し倒すように体勢を崩していく。

わたしはその様子をハッキリと見ていた。

転ぶ瞬間のハルトの様子をハッキリと見ていた。

ハルトは地面に倒れこむ直前、巻き添えでひっくり返ったマスコミの人をかばおうとして、

『右手』を地面に突き出した。

『マスコミの人たちに、傷めたと言われていた右手』を。

スローモーションのように、ハルトの全身が地面にゆっくりと近づいていく。

そして、ハルトの右腕が地面に触れた瞬間。

『ごりっ』

ハルト    「ぐあっ!!」

鈍い音とともに、ハルトの悲痛な叫びが辺りに響いた。

骨折――。

まず、その言葉が頭に浮かんだ。

そして、それ以上のことを考えるよりも先に体が動いていた。

急いでハルトのそばに駆け寄る。

凛「大丈夫ですか!?」

ハルト「ーー……!」

腕を抑えてうずくまるハルト。

凛「ちょっと見せてください!」

相手が有名人であることも忘れて、ハルトの腕をとろうとする。

マスコミA「お、おい! 素人が余計なことをするんじゃ――」

凛「わたしはナースです!」

マスコミの誰かが言う前に気迫で制する。

余計なことを考えたくなかった。すぐにハルトに目を戻し、容態を確認する。

ハルトの服の袖をゆっくりまくって、傷めたであろうヒジの部分を露出させた。

ハルト「くっ……」

右腕ヒジの内側あたり。出血はないけど、若干青くなりはじめている。

ヒジの形も多少不自然に変形していた。

凛「ちょっと触りますね。 痛いときは言ってください」

ハルトの腕を持ち、ヒジを優しく動かそうとしてみる。

ハルト「痛ぅっっっ……!」

痛みに顔をゆがめるハルト。どうやら骨折に間違いないようだ。

落ち着け。落ち着いて考えろ、わたし。

幸い、ここは病院。すぐに院内に運び込んで人を呼べば、重体になることはないだろう。

だけど、わたしはナース。

本当は研修中だけど、思わずさっきはナースだって口走っちゃった。

でも、例え見習いナースだとしても、こういうときは自分なりに判断して対処しなくては。

応急処置をして、すぐに院内に運びこむのがベスト……な、はず!

凛「そこの人!」

マスコミA「あ、ああ」

マスコミのひとりに声をかける。

凛「今すぐ病院の中に入って、このことを知らせてください!」

マスコミA「わ、分かった」

凛「急いで!」

マスコミA「は、はい!」

わたしの口調に、慌てて走っていく。これでもうすぐ誰かが来てくれるだろう。

凛「……よし」

ハルト「……お、お前、何する気だ」

凛「病院の人が来るまでに、 応急処置をします」

ハルト    「おいおい……大丈夫かよ」

さあ、心を落ちつけよう。

思い出せ、骨折の応急処置なんて、学校で何回も習ったことなんだ。

まずは……。

そうだ、体を温めるんだ。

骨折をしたら激しい痛みでショック状態になっている可能性がある。

できるだけ体を温めてあげないと!

わたしは着ていたコートを脱いでハルトの肩からかけてあげた。

ハルト「…………」

ハルトは黙っていたままだったが、多少表情が和らいだような気がする。

次は患部を冷やしてあげたいところだけど、冷湿布や氷がないから諦めよう。

次に行うべきなのは……患部の固定!

骨折をしたときは、最低限これだけでもやっておきたい処置だわ。

患部の固定には……そうだ、これを使おう! 折り畳み傘!

折り畳み傘を伸ばして、ヒジを中心に腕に沿わせるように当てる。

そして、二の腕と手首の部分をハンカチで巻きつけて……。

……できた!

肩から手の甲まで、傘を添え木代わりにして固定した。

これでヒジが動くことはなくなって、かなり楽になるだろう。

凛「どうですか? 固定がゆるい所とかはないですか?」

ハルト「…………」

ハルトはおそるおそる腕の具合を確かめている。

ハルト「あ、ああ、かなりよくなったかもしれない……」

すると、ハルトはゆっくりと自分の力で立ち上がった。

凛「あっ、ムリしないで! まだ激しく動いては……」

ハルト「……とりあえずは大丈夫みたいだぜ」

ハルト「……お前のおかげだな」

凛「当たり前です。だってわたし、ナースですから」

ハルトはわたしの言葉に、一瞬、驚いたような顔をした。

凛「さ、ハルトさん。 院内へ入りましょう」

わたしはハルトを脇から補助するようなかたちで病院内へと導いた。

凛「すいません、通ります! 道を開けてください!」

自分でもビックリするくらい大きな声を、マスコミの人たちに向ける。

むこうも圧倒されたのか、さっきまであれだけ強引だったのがウソのようにあっさり道を開けてくれた。

わたしとハルトはふたりでゆっくりと、聖ヶ山病院へと入っていったのだ。

聖ヶ山病院の院内。ここは受付ホールだ。

まだ開院前だからか、誰もいなかった。

辺りはひっそりと静まりかえっている。

マスコミの人たちも院内までは入ってこないようだ。

ハルト「…………」

ハルトがこっちを見ていた。

凛「ハルトさん、腕の方は大丈夫ですか?」

ハルト「ああ、最初みたいに 激しく痛むことはないな」

凛「良かった……」

わたしは胸をなでおろした。

緊張が解けたせいか、急に体に疲れがやってきた。

ハルト「おい、大丈夫か。手が震えてるぞ」

ハルトに言われて気付く。

手のひらがじっとり汗ばんで、小刻みに揺れていた。

凛「あ……ほ、ホントだ。 あはは、今頃になって怖くなってくるなんて」

凛「……そういえば、実際の現場でこんな応急処置するなんて、初めてだったんだなあ、って」

ハルト「…………」

ハルトは何か決意をしたような顔をしたかと思うと、つかつかとわたしに近づいてきた。

そして……。

片手でぐっ、とわたしの体を強く引き寄せ、抱きしめた。

凛「!?!?!」

目玉が飛び出るくらい驚くわたし。

あまりの出来事になすがままになっている。

まさか、ハルトみたいな超有名人に抱きしめられるなんて!

ハルト「……落ち着いたか?」

ハルトが耳元でささやく。低い声に混ざって、彼の吐息が肌を撫でた。

ハルト「お前が落ち着くまで……こうしておいてやるよ」

また、つぶやく。今度は意識していた分、より鮮明にハルトの息の温度を感じた。

温もりを含んだ声に、心の中で安堵が広がる。

どうしてだろう、なぜハルトの声はこんなに落ち着くのだろう。

やっぱり、アーティストだから、誰よりも魅力的な声をしているおかげかな。

わたしは、会ったばかりの男の人に抱きしめられているという事実を忘れて――。

ハルトの声に包みこまれるような感触を深く味わってしまっていた。

ハルト    「さっきのお前……なかなかイカしていたぜ」

ハルトが静かに続ける。

『さっきの』とは、骨折の応急処置をしていたときのことだろうか。

ハルト「俺を必死で助けてくれたお前の姿は、なんていうか、古臭いけど」

ハルト「……『白衣の天使』かと思った」

ハルト「ははっ、白衣は着てねえけどな」

ゆっくりと、語りかけるハルト。

わたしはとても嬉しかった。

わたしが看護師を目指していることを、後押ししてくれるような一言に。

そして何より、あのハルトが、日本一輝いているアーティストのハルトが……

わたしの処置の姿を褒めてくれたことに。

ハルト「……もう、落ち着いたな」

そう言うと、ハルトはわたしの体を離した。

わたしは気恥ずかしいような、もっと続けて欲しいような、そんなもどかしい気持ちだった。

その場の雰囲気を変えようと、何か言いあぐねていると……。

???「ケガ人はどこですか!?」

大きな声と、数名分の走ってくる足音。

廊下の向こう側から、救急服を着た男の人たちがやってきた。

救急隊員「さあ、はやく担架に乗って! 治療室に運びます」

言われるがままハルトは担架に乗った。

あっという間に、ハルトが載った担架を救急隊員さんたちが取り囲む。

そのまま担架を運びだす。

凛「あ……」

担架がわたしの前を通り過ぎるとき、ハルトが顔をこちらに向けているのに気付いた。

その瞳は、わたしに何かを語りかけているようだった。

救急隊員さんたちに運ばれて、担架は遠ざかっていった。

凛「…………」

凛「……ハルト、わたしにウィンクしていた」

そう、最後のすれ違う瞬間。

ハルトはわたしにウィンクを送ってくれていた。

見間違いなんかじゃない。

凛「…………」

凛「……あっ、いけない」

そろそろ出勤時間になっちゃう。急いでナースステーションに行かなくちゃ。

わたしは誰もいなくなった受付ホールを見渡して……

ここ、聖ヶ山病院の奥へと進み始めた。

これから、何かが始まるような、そんな予感を胸にたたえながら。

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